クラウドベースのリモートプロダクション事始め

2022.10.26

Grabyo

主にライブ(中継)コンテンツの映像プログラム編集や配信に携わる人たちを対象に、クラウドベースのリモートプロダクションとはどういったもので、誰に、どのように使われるものなのかといった解説記事をお届けしようと思います。
リモートプロダクションという言葉の定義は広範でその捉え方も千差万別であるように見受けられます。この記事では、現状の映像編集を取り巻く環境から始めて、クラウドベースのリモートプロダクションとは何なのかを順を追いながら、できるかぎりニッチな知識を用いずに解説しています。

1. 中継映像が作られる場所、サブ

リモートプロダクションの話をする前に、今の映像制作現場を見ていきましょう。
テレビ局などの番組編集や配信のシーンをテレビやネットでご覧になった方は少なくないと思います。壁一面にそれぞれ異なる映像が映し出されたモニターが並び、デスクにはスイッチが無数に配置されており、ディレクターと思しき人が「3,2,1,キュー!」と叫んでいるあの風景です。編集室とかコントロールルームなどいろいろな呼ばれ方をしますが、一般には「サブ」と呼ばれています。

放送局にあるサブでほとんどの番組が制作されています。あらゆる映像素材(アセット、リソース)とオペレーションやディレクションといった人的な活動を含めて、番組の制作場所は(最終的には)このサブに集約されています。移動中継車内のサブ機能、遠隔地のサブもありますが、基本的にはどこかにリソースが集約されることになります。

映像素材の受け渡し

サブに集められる映像素材はどこから来るのでしょう。もちろん、あらゆる場所からです。野球中継ならば球場内に配置された各種のカメラで捉えた映像ですし、報道現場なら現地のカメラスタッフが担いでいるカメラや、それこそヘリコプターやドローンで空撮された映像です。粗い表現をすれば、今、目の前で展開されている事象(映像コンテンツ、素材)を「何らかの方法」でダイレクトにサブに送って様々な受信装置や配信環境で放映することが中継やライブと呼ばれるものです。

ここでの「何らかの方法」とはなんでしょう。それは移動中継車から放送局のサブへ向けての電波かもしれませんし、地下を這う伝送ケーブルかもしれません。数年前からここに「インターネット」が加わりました。

中継映像とハイライト映像

スポーツの試合がテレビやネット上で中継やライブで放映されているとき、その試合映像は若干の時間的な遅延はあるものの、ほぼ現地の会場で行われているのと同じシーンです。一方、試合の一部シーンを見せるハイライト映像があります。サッカーの試合などは前半と後半の間によく流されていますが、あれらのハイライト映像は中継映像から作られています。

中継されているカメラ映像はほぼ例外なくサブ内で録画されており、およその場合、中継映像のスタッフとは別のスタッフがその録画映像から様々なシーンを切り出してハイライト映像として配信しています。
単純に特定のシーンを切り出すだけでなく、リプレイにしたりスロー再生にしたり別の素材を追加したりと様々な加工がされる場合が多く、したがって、中継映像と並行してハイライト映像を制作して配信するのはとても大変な作業と言えます。

2. 放送技術の発展

ここで、映像を放送する技術について少しお話します。一般に放送技術と呼ばれる技術分野があります。伝送信号の種類や放送機材の仕様の総称です。放送技術も各放送機器メーカーや放送業界標準を定めるアソシエーション(業界団体)が日々開発や普及に努めています。

参考:放送業界団体一覧(でんぱでーた on Web)

4K、8K映像や地上波とネットの同時配信(サイマル放送と呼ばれることもある)なども放送技術の一部です。インターネットが各家庭に普及してからも、主要な映像コンテンツは各家庭にあるテレビ向けに地上波やケーブルテレビ(CATV)番組として配信されていました。
日本では2011年に地上波がアナログ方式からデジタル方式に完全に切り替わりました(デジタル放送自体は2003年から放送開始)。それにともなって、放送技術もそれまでのアナログな機材からデジタルな機材へと、文字通り「電子的」な仕組みへと変わることになりました。

デジタル放送技術の恩恵

映像の放送形式がアナログ方式からデジタル方式に変わることで最も大きな変化は映像に含まれる情報量です。例えば、それまでの地上波アナログ方式の画面の大きさが720×480ピクセルだったのに対して、地上波デジタル方式では1440×1080ピクセルとなり、画素数でいえば約4.5倍になります。またデジタル化されることで多音声や字幕、映像の枠外に別の映像を追加するといった多機能な画面構成が可能になりました。

圧縮技術と伝送技術

映像に含まれる情報量が4.5倍に増えるということは、それだけ映像データの容量が増えるということですが、単純に4.5倍どころか桁ごと増えていきます。そこで、映像の品質を保ちながらいかに小さくするかという圧縮技術と、大容量の映像データを損なうことなく高速に送る伝送技術が必要となります。
この話は何かと似ていませんか。そう、インターネットの技術です。静止画像や動画の圧縮技術、インターネット回線の高速化技術と同じ話です。もちろん規格の仕様として私たちが普段使っているインターネットの仕様とまったく同じというわけではありませんが、使われている技術や思想はほぼ同じものです。
つまり、それまではテレビで見るしかなかった映像コンテンツがインターネットのようなネットワーク環境でも見ることができる環境が整ってきたということになります。

インターネットは放送チャンネルのひとつ

YouTube Live をはじめとして、インターネット上で配信される中継放送を有料無料にかかわらず視聴された方は多いと思います。また、TVer、Hulu、FOD、NHKプラスといったビデオ・オン・デマンド(VOD)を利用されているでしょう。これらはまぎれもなくインターネットでの視聴を前提とした番組や画面構成となっていますので、映像を配信する側もインターネットでの配信環境を構築する必要があります。

これまでのテレビ放送向け映像制作の場所であったサブに、インターネット放送向けのサブに類する場所や機材、人的なリソースが新たに必要になってきました。加えてインターネット放送ではこれまでのテレビ放送とは広告収入の仕組みや視聴率の統計方法も異なるので、ここで放送技術の複合化が起こることになります。

インターネット放送とクラウドコンピューティング

インターネット開発史上でクラウドコンピューティングが登場したのは2003年から2006年ころと言われています。クラウドコンピューティングとは簡単に言えば、世界のどこかにある巨大なコンピューティングリソースとしてのサーバーや、それらのサーバーで提供されるソフトウェアサービスを世界のどこからでも利用できることを言います。

それまでのコンピューティングリソースは自分たちでサーバー群を用意するしかありませんでした(この環境をオンプレミスと呼ぶ)。今やインターネットでサービスを開発・提供する場合にクラウド環境を利用することは当たり前の話です。しかし数年前までは、映像コンテンツを、インターネット上の視聴者に届けるための編集室であるサブとしての機能を用意して運用するにあたり、どの放送事業者でもいわゆるオンプレミスでの運用が普通だったようです。

このあたりは様々な事情があるようなので詳細はここでは割愛します。
実際に放送する中継映像に関わる機材なので、当然のようにトラブルに対する冗長化や安定した配信といったものは従来どおり担保されなければなりません。そのことは技術的にも困難であることは誰もが予想できると思います。

3. リモートプロダクションというワークフロー

この記事の冒頭でお伝えしたように、リモートプロダクションという言葉の定義は非常に曖昧です。想像しやすい類似の言葉はリモートワークになるでしょうか。しかしながら、リモートワークで想像される仕事のやり方がリモートプロダクションにそのまま当てはまることはありません。なぜなら、リモートプロダクションの「プロダクション」には単に編集・制作作業のことだけでなく、成果物である配信映像やそれらのネタ元である映像素材を共有する行為も含まれるからです。そのため、この記事でいう「リモートプロダクション」には以下の意味や行為が含まれていると定義します。

  • 映像を編集するスタッフの作業場所が特定の場所や条件に制限されなくなる
  • 放送機材の運用や管理、操作を行うための専属スタッフを取材現場に配置しなくてよくなる
  • 映像に関する素材や編集加工後の映像素材の取り扱いが特定のスタッフや場所、形式に依存しなくなる
  • 放送機材や配信設備を共用で利用しやすい環境になる

つまり、「リモート」とは「スタッフが遠隔操作で編集作業すること」というリモートワークの置き換えの意味ではありません。

リモートプロダクションは新しくない

2019年末ころから世界規模で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大 により、リモートワークやリモートプロダクションといったスタイルが注目を浴びました。しかし、それ以前からこれら「リモート」での作業は存在しましたが、なかなか実践されていなかったというのが現状でしょう。それがコロナ禍によって加速度的に推進された形です。
放送事業者や放送業界においてもリモートプロダクションという考え方は少なくとも7~8年前ころからありましたが、近年までなかなか推進は困難だったようです。ひとつには法的な制約もあって放送技術の複合化が容易ではないことも理由にありましたし、商用の技術として多くの一般向けインターネットサービスのように「トライアンドエラー」や「ただいまメンテナンス中です」といった「一時的にサービスが使えない状態」が決して許されない状況であることも大きいと思います。

クラウドベースの意味

作業する場所の制約という観点で見れば、リモートとクラウドという概念は非常に親密度が高いことに変わりはありません。しかし、放送技術のところでも解説したように、クラウドコンピューティングがあらゆる業界技術に適しているかといえばそうとも言えないのが現状です。
映像放送技術はその配信情報の爆発的な情報量増加や品質の向上、ネットワークの安定性担保、映像や伝送規格(各国や地域によって周波数や仕様などが異なる)の課題が多く存在します。したがって、クラウドベースのリモートプロダクションサービスを開発・提供している各メーカーはクラウドコンピューティングのビジネスコストが規模の経済にしたがうことを前提にしており、また仮想のサブ機能を持つことが利用条件となるため、商用サービスとしての差別化が難しい状況です。いくらクラウドコンピューティングの費用は下がっていくとはいっても、莫大な情報量を扱えば相応のコストがかかるものです。

リモートプロダクションの誤解

リモートワークのイメージでリモートプロダクションのことを「どんな場所からでも映像編集や配信が可能です」と説明することは、リモートプロダクションのコンセプトを一部しか紹介できていません。
たしかにコロナ禍における映像編集環境に人の作業場所としてのリモートは不可欠ですが、それだけではコロナ禍がいずれ収まってしまえばそのサービスや環境は不要になってしまいます。

リモートプロダクションを正しく説明するためには、作業するスタッフの場所だけではなく、作業する対象のあらゆる編集・配信機材の構築や運用、各種の映像素材の入手・伝送・編集・配信先の設定を含めて、「リモートプロダクションとは仮想のサブ環境」であることを含めなければいけません。
この「仮想」の部分が肝要で、いま利用している作業環境がどこまで再現できるかという再現性と、仮想であることで可能になる新しい何かという新規性のふたつがリモートプロダクションには求められます。どこでも作業ができるというリモートワーク的な特徴は利便性ということになりますが、 利便性は定量的な評価が難しいものです。

4. リモート・インテグレーション・モデル(REMI)

「Remote Modulation Integration/Remote Integration Model」の頭文字から「REMI(レミ) 」

2020~2021年ころから、クラウドベースでのリモートプロダクションを表現する新しい言葉が現れました。それが「Remote Modulation Integration/Remote Integration Model」の頭文字から「REMI(レミ) 」と呼ばれています。
REMIはワークフローを指しており、これまでに説明してきたような広範なリモートプロダクションのワークフローを再定義しています。仮想のサブ環境、マルチアングルカメラセット、ひとつのライブ映像に遠隔地から出演者や映像素材をはめ込む、編集機材の搬送作業を可能な限り排除する、などといったワークフローを確立するための行為やサービスの総称です。

つまり、クラウドベースのリモートプロダクションサービスとはREMIを実現するために利用すると考えることになります。従来のリモートプロダクションの捉え方では誤解も少なくなかった、クラウドベースのリモートプロダクションで何ができるのか(何をすればいいのか)に一定の方向性を示しています。ここでようやく、当社が提供している「Grabyo」 のようなクラウドネイティブのリモートプロダクションサービスの立場や用途を、リモートプロダクションに関わるお客様により正確に検討いただくことができるようになります。

5. 最後に

クラウドベースのリモートプロダクションを説明するにあたって、現状の映像編集の概要から言葉の定義を中心にして本ブログ記事で解説しました。これからのリモートプロダクションの現場は、REMIと呼ばれるワークフローとサブを中心としたワークフローが混在しながらそれぞれの利便性を最大限に活用することが求められてくると考えられます。REMIというワークフローで実践できる内容についてはこちらの記事「リモート統合モデル(REMI) 特長・実現できることの解説」をご覧ください。

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